【県民の皆さんからいただく質問の中からいくつかを抜粋し、大西一史が答えました】
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● Q.1 現在県議会議員を務められていますが、子供の頃の夢は何でしたか?
A. 小学生の頃はパイロットになりたかったですね。ところが視力が悪くなりパイロットの夢はあっさり諦めました。もちろん視力だけじゃなくて成績も悪かったんですが・・・(笑)
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● Q.2 今もドラマーとしてライブとかレコーディングとか音楽活動を結構やっておられますが、昔はプロを目指していたとか?
A. 小学生の頃はピアノを習っていましたし、音楽はもともと大好きだったのですが、ずっと打楽器に興味があり、高校時代にドラムを始めました。で、とてものめり込んで、バンドをいくつもやってレコード会社のオーディションに応募して賞を受賞してから、大学時代も本格的に東京で音楽活動をしていましたね。
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● Q.3 なぜ政治家に?
A. たまたま大学時代に選挙運動の手伝いをしたのですが、その時に感じたのが、一部の特定の企業や団体のためのいわゆる利益誘導型の選挙になっていると感じたんです。当時政治に関わる人々の中には何らかの利害が絡んでいる人が多く、逆に利害が全く絡まなければ政治に関わるどころか選挙にすら行かない人が多いという現状を垣間見て、「このままではこの国の政治はどんどん腐敗していく。もっと利害の関係ない多くの人々が政治に関心を持てばこの国の政治は確実に変わるのに・・・」とその時に感じたのですが、それが政治に興味を持った最初でした。
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● Q.4 大学卒業後は商社に就職されていますよね?政治に興味があるのであればすぐ代議士の秘書になったりするんじゃないですか?
A. 確かに、政治の道に進むのに政治家の秘書を経験することも一つの手段だと思いますし、実際代議士の秘書になることを勧められたこともありました。でも、政治の世界しか知らないで、普通に会社に働く人々の気持ちもわからないで政治家になんてなるべきでは無いと思っていましたし、もちろん政治家に簡単になれるとは全く思っていませんでしたから、普通に就職活動をして、色んな業種を沢山面接を受けて、たまたま受かった商社に勤めたんです。でも、このサラリーマン生活が実は政治家になった今も活きています。
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● Q.5 どんなところで活きているのですか?
A. 一例を挙げるとすれば、私は商社の営業だったので、まずコスト意識を徹底して教育されました。だから議員になって行政改革を具体化する際に、民間企業でコスト削減に対してどういう努力をしているのか?を具体的に肌で知っていますから、議会で議論する場合にも非常に参考になっているんです。
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● Q.6 その後、代議士の秘書になられていますが、総理官邸に勤めておられたこともあったそうですね。秘書生活はどんな感じだったのですか?
A. 会社を辞めて翌日には総理官邸の一室にいました。(笑)そりゃもう緊張しましたよ。組閣で総理や大臣が並んで写真を撮る赤い絨毯の階段がありますよね?あれを上って部屋に行くんですから緊張しましたね。本当に汗がでました。
私が秘書をしていた園田代議士が当時官房副長官を務めておられたので、本当に色んなことを教えていただきました。実際に総理官邸にいる時に阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件、ハイジャック事件など本当に色んなことを目の当たりにして、危機管理の大切さを学びました。また、多くの重要法案や国家予算の成立する様子を見たり、組閣人事や政局の裏側を見て「なるほど、こうやって世の中動いていくのか」と本当に勉強になりました。
また、今でこそ地方分権という言葉が叫ばれていますが、中央集権下での総理官邸での勤務経験があったからこそ、逆に地方分権の大切さというものも知りました。
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● Q.7 議員という仕事の魅力は何ですか?
A. これだけあらゆる職業や立場の人たちと出会い、話を聞ける仕事は他にはあまりないですよね。そして、そういう多くの皆さんの声を集約して議会で代弁をしていくことができるんです。その発言によって行政を動かし、それにより広く県民の役に立っていく。こんなダイナミズムを感じる仕事はなかなか他にはないと思います。
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● Q.8 県議になられてから盟友である幸山政史市長と出会われたわけですが、幸山さんが最初に市長に立候補された際に、周囲の反対を押し切って応援されたのはどうしてですか?
A. 幸山さんとは県議会で同期でもあり年も近く境遇が似ていました。政策的にも政治理念や考え方も非常に近く、自民党の中で一緒に党の改革プランを作成したり、一緒に政策的な議論してきた仲間でした。その彼が突然ではありましたけれども市長選出馬の決断をした際に、友情という面と同時に、市長選をきっかけに古い熊本の政治体質を変えていけるかもしれない。そして、一緒になって政治を変えるチャンスは今しかないという一念で行動しました。それは、ものすごい反対やプレッシャーがありましたが、「政治を変える」には決断のタイミングと勇気しかないと思い、本当に思い切って決断ができました。
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● Q.9 幸山市長の応援と同じように、大西さんは自分の決めたことは最後まで一貫して貫かれていますが、政治に携わる中で大事にしている信念や信条はありますか?
A. まず、人の意見を真摯に聞く誠実さ。そして人々のために今何をなすべきかを徹底的に考える努力。その上で一度決断したことは曲げないという実行力とそれを押し進める勇気が必要だと思っています。
もちろん必ずしも自分の判断がいつも正しいとは限りませんから、柔軟性やバランス感覚が必要だとも思います。
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● Q.10 今の熊本県政に不足しているものは何だと思われますか?
A. 3期目の選挙スローガンにもしたのですが、やはり緊張感が足りないと思います。執行部と議会の議論にもっと緊張感がなければ、真に県民のための議論につながらないと思います。そして政治、行政はさまざまな判断をしなくてはなりませんが、判断に長く時間をかけすぎる傾向があり、時間に対するコスト意識が欠如していると思います。そういう意味では、スピーディーな判断力というのが不足している点と言えるでしょう。
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● Q.11 大西県議の考える熊本県の理想像を教えてください。
A. やはり日本一生活しやすいバランスの取れた熊本県が理想です。つまり生活立県とでもいうのでしょうか。とにかく、47都道府県のうちで一番生活しやすい暮らしやすい県にすることが理想です。
私は東京という大都市で12年もの間生活をしていましたが、やはり熊本に帰って来てとても生活しやすいとあらためて実感ました。それに熊本は色んな面でポテンシャル(可能性)を秘めています。
何も熊本をどんどん都市化して、東京のような大都市にする必要はないと思います。どの大都市でもそうですが、都市化が進めば治安は悪化しますし、交通渋滞や環境悪化を引き起こします。また次世代を担う子供たちの教育環境も悪化していくでしょう。だからこそ、色んな世代の人達のライフスタイルを重視した、日本一の生活立県が理想です。それを実現できるのが熊本県だと思います。
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